ギリシャ(キクラデス諸島)旅行記2021

世界的なコロナ禍が続いているが、ワクチン接種を2回済ませ、滞在先のパリの薬局でEUデジタル接種証明(衛生パス)も発行してもらえたので、2021年8月9月と懲りずにギリシャのキクラデス諸島を回った。滞在したのは3年続けてとなるサントリーニ島、シフノス島、ミロス島、そして今回初めてとなるフォレガンドロス島の4つ。合計17日間の取材だ。また部屋や窓からの構図が近年のテーマでもあるので、合わせて7箇所に宿泊。眺望が良さそうなところをすべて事前にAirbnbやBooking.comで調べて予約しておいた。

 

透明水彩道具一式。今回から水彩紙ブックはすべてウォーターフォードに、またパレットはアルミのものに替えてみた。紙だけでもF6からSMまで7冊で5キロ以上あるが、ギリシャの小さな島にもちろん画材専門店など存在しないので、すべてバックパックに詰め込んで持ち込みだ。画材以外の荷物は衣類や洗面用具にスマホ関連など最低限。

 

滞在1日目〜3日目 イア(サントリーニ島) 昨年に比べ、かなり旅行者が多いか

ギリシャには滞在していたパリからエールフランス航空で。朝の5時過ぎに家を出て、暗いなかドゴール空港に向かう。ギリシャは2021年は6月から日本人旅行者の受け入れを再開しているが、渡航のためには事前にPLFという旅客追跡フォームをオンラインで提出しておき、入国許可を貰う必要がある。ここまでは昨年と同じだ。その許可とワクチン接種証明の衛生パス(双方ともQRコード)を空港でスキャンされ、問題なしと判断されないと飛行機には搭乗できない。

 

機内はぎっしり満席だ。乗客は皆しっかりマスク着用。3時間半のフライトのあと、定刻どおりにサントリーニのティラ空港に到着。今までいたパリに比べると暑い!去年はこのあと入国時ランダムPCR検査組に振り分けられてしまい時間を取られたが、ラッキーなことに今年はノンテストの免除組!ざっと見てみるとやはり3人に1人は検査ブースに移動させられているから、昨年から引き続きこのシステムは続いているのだろう。サントリーニは伊豆大島ほどの小さな島だが、訪れる旅行者の数は膨大(航路海路合わせて年間200万人)だ。

 

空港からイアまでは直行バスは走っていないので、ローカルバスでフィラ→イアと乗り換えながら進む。手間はかかるが4ユーロ弱でたどり着けてお得。窓から見ていると、やはり昨年に比べると旅行者の数が多そうではないか。なお屋外と違って公共交通機関や店でのマスク着用は義務となっている。外している乗客は車掌(集金係)によく注意されている。

 

最初の滞在先はTHE BLUE。宿のスタッフとイアのバス停付近のミニスーパーで待ち合わせ、宿泊する部屋まで案内してもらう。着いてみると、場所は去年泊まった宿の窓からさんざん見ていた建物だった。バルコニーも2つあって見晴らしは良いのだが、洞窟タイプの室内にはほとんど窓がなく、その点は少し残念だ。

 

近所を少し描いたりブラブラするともう夕暮れ時になってしまう。この季節(8月下旬〜9月上旬)はだいたい19時半が日没時間だ。近くでトマトやレモン、オリーブやギロピタを買ってきて、簡単な夕食にする。本格的な制作スタートは明日からにしよう。

 

翌朝の7時半過ぎに部屋を出て階段を登ると、サントリーニでよく見かける写真撮影をやっている。スタッフが衣装をはためかせ、ドラマチックに演出している。太陽の位置がまだ低く、背景との間に美しいコントラストが生まれることをちゃんと知っているのだ。

 

こちらも負けじと本格的に仕事をスタート。透明水彩は油彩よりも少し効果を先読みして描く必要がある。油彩のような不透明色の後出しができず、いつものことながらコツを掴んで手応えを強く感じ始めるまでが長く難しく感じる。

 

イアにある唯一の港、アムーディへ行ってみる。崖の上から海まではかなり高低差があり、途中で止まって描いたりしながら、ジグザグの緩やかな下り階段を延々と降りていくと辿り着く。

 

イアに来るのは4回目だが、アムーディの港は初めて。タヴェルナや宿泊施設、遊覧船の発着場が並ぶ。レストラン前にはタコがぶら下がっている。こうして干しておくと身が柔らかくなるとか。

 

特になんてことのない路地だが、椅子や白い壁と影のトーンに惹かれて。白い壁は光を多く跳ね返すので、通常は暗くなるはずの陰影部分が明るく見える。

 

このあと写真上部のイアの町まで戻る。ロバタクシーは使わずに自力で登っていくが、文字通り心臓破りの坂で、ハアハア言いながらとにかく脚を動かす。大汗をかいてしまったので、宿に戻りミネラルウォーターに塩と絞ったレモンをいれ、ゴクゴク飲んで水分と塩分補給。この時のサントリーニは最高気温32℃ほどで意外と湿気もあり、1日に3回ほどはシャワーを浴びていた。

 

そうこうしているうちに、着いてから3日目になり、あっという間にイア滞在の最終日となる。制作のほうも少しずつ調子が出てきただろうか。宿の近くから見上げる構図で建物群と階段を描いてみる。いつも眼下眺望なので新鮮だ。

 

正午ごろ宿をチェックアウトして、ローカルバスでフィラの町に移動する。イアにはまた12日後に戻ってくる予定だ。家主のマリアとはWhatsApp(メッセージアプリ)でやりとりしていたが、絵の写真を送ると喜んでくれた。他の宿でもオーナーとはWhatsAppで連絡しあうことが多い。

 

 

目次に戻る

 

滞在3日目〜4日目 フィラ(サントリーニ島) 描きどころ多く、1泊は足りない

昼過ぎにイアの宿をチェックアウトしてローカルバスでフィラの町に向かう。滞在先はFiraxeniaという宿。実は前後の日程調整のための宿泊だったのだが、バルコニーの見晴らしの良い部屋ですっかり気に入ってしまう。ここはホテルタイプなので調理器具などは備わっていない。

 

周辺を散策後、近所でキョウチクトウの花を失敬してコップに挿し、部屋のバルコニーに置いて数点制作。ここの窓からは島の東側(外洋)の海が見渡せる。いつもカルデラ側、崖沿いの海しか見ていないので、広がる平地が新鮮に映る。

 

宿の近くにあるWhite Houseという白い洋服の専門店に行く。今年ここをモチーフに大作を描いたので、そのことを店の人達に伝え画像を見せると喜んでくれる。店員さんは東京に仕事で行ったこともあるとか。

 

日没時間が近づいてくる。格好のモチーフなので、この時間帯を逃すわけにはいかない。宿から北のイメロヴィグリ方面まで20分ほど歩き、昨年見つけたサンセットポイントで制作。太陽が眩しいので制作時もサングラスは必携だ。

 

日没時のイメロヴィグリのサンセットビューのレストラン。昨年はほとんど客がいなく、店員が暇そうにしていた。今年は賑わっているようで、こちらも嬉しくなってしまう。

 

翌朝は近くのパン屋で朝食とコーヒー。朝のあいさつは「カリメーラ!」。ギリシャはパイが充実していて、パン屋ではスパナコピタ(ほうれん草とフェタチーズのパイ)を買ってよく食べていた。

 

ベランダは東向きなので、昨日の午後とは真逆の光だ。再びキョウチクトウを摘んできて、部屋で少し制作する。この花は甘い匂いが強くて良いのだが、すぐに萎れてきてしまう。

 

1階に住む家主に絵を見せ、昼過ぎにチェックアウト。フィラの町の東側にも良いモチーフを見つけていたが、時間が足りず今回はあきらめる。やはり1泊では少なかったか。午後3時の高速船で第2の島、シフノスに移動することになっているため、アティ二オス港へ向かう。昨年はうっかりして港へのバスを逃してしまい、苦肉のヒッチハイクで辿り着いたので、今年は早めにバス停に向って待機する。

 

船はSEAJETS社のSEAJET2だ。乗船前にはワクチン接種証明の提示が必要となっている。シフノスまでは3時間と少しだが、例によって1時間ほど遅延して出港する。船内モニターではなぜか古いミスター・ビーンが上映されている。たしか昨年もそうだったように思うが、謎である。

 

 

目次に戻る

 

滞在4日目〜7日目 プラティ(シフノス島) 常宿に3度目の滞在だが、飽きない

船は遅れて夜7時頃にシフノスに到着する。港のあるカマレスからバスでアルテモナスまで行き、家主のエイリニに車で迎えに来てもらう。滞在先はいつも同じ、プラティにあるGuesthouse Poulatiだ。途中のスーパーマーケットで停めてもらい、食材を買い込んで部屋に向かった。

 

翌朝。右が宿泊部屋で、左が家主の住む母屋だ。敷地内で飼われているおなじみの猫たちも健在で嬉しい。向こうは憶えていないだろうけど、とりあえず再会を喜ぶ。あいさつがわりにギリシャヨーグルトを少しおすそ分け。扉を開けておくと物怖じすることなく部屋に入ってくるのも相変わらずだ。

 

プラティは辺境と言うか、かなりの町外れにある。近くにパン屋などなく、最寄りのミニマーケットまで歩いて40分ほどかかるので、食事は買い込んだ食材でまかなうことになる。庭で採れたスイカを貰ったのでありがたく頂くが、これはちょっと巨大でひとりでは食べきれなかった。

 

プラティからカストロの村まで歩く。カストロとはCastleの意味で、城壁に覆われた旧市街にこの名前がついているところが多い。昨日までのサントリーニと比べると旅行者は殆どいないと言ってもいいくらい。静かなところである。

 

カストロの村の路地でよく見かける大理石のなにか。アレクサンドロス大王の時代、紀元前ヘレニズム時代のものだろうか?この手のものが当然のように一般家庭の家の前に置いてある。ルーヴル美術館に陳列されていても不思議な気はしない。

 

村の路地を描く。ヤシの木やブーゲンビリアの壺、地面のキクラデス文様が美しい。地元の小学生たちもいるが、あまり話しかけてきたり道具を触ったりはしてこない。「ブラーヴォ」とか「ネ(そう)」とか「オヒ(違う)」言いながら周りでおとなしくしている。控えめだ。キューバとは違う。

 

シフノス3日目は再びカストロ村へ。海側に出ると7人の殉教者教会が現れる。2年前に初めてギリシャを訪れたきっかけが、この教会を描いてみたいと思ったことだった。

 

珍しく殉教者教会の扉が開いているので入ってみる。ここには3年連続で訪れているが、中に入れたのは初めて。女性が掃除をしており、許可をいただいて写真を撮らせてもらう。中は明るく、イコンが並ぶ。小さな丸窓からは海が見える。

 

気づいたらシフノス滞在も4日目で今日が最終日。描き慣れた、猫の入ってくる室内を最後に数点描く。窓の位置や海の見え方、光の入り具合が気に入っている。島の東沿いにあるので、午前中は太陽光に溢れとにかく明るい室内だ。何回描いても飽きない。

 

最後に家主のエイリニに描いた絵を見せたりする。キクラデス諸島でどこが一番好きか?と訊くと、もちろんシフノスという。サントリーニには子供の頃一度行っただけらしい。両親のトマスとダフネも親切な人たちで、退去時にはいつも育てたケッパーや蜂蜜を持たせてくれる。プラティを描いた作品が載っている近年の個展のカタログ2部を渡すと、とても喜んでくれた。

 

車でアルテモナスまで送ってもらい、バスで港へ向かう。次に移動するのはミロス島。Blue Star Ferries社のアルテミス号に乗って2時間ほどだ。高速船と違ってゆっくり進むので、海上ではデッキに出て景色を楽しむことが出来るのも嬉しい。

 

 

目次に戻る

 

滞在7日目〜9日目 クリマ(ミロス島) まさに海に直面した、漁師村にある部屋

ミロス島もサントリーニと同じく海底火山の噴火で出来たカルデラの島だ。島に近づくにつれ、ゴツゴツした奇岩が目立つようになってくる。

 

アダマスの港に到着。ミロスでは前半2泊はクリマの漁師村に、後半2泊はプラカに滞在予定。まず代理店アテナトラベルを訪れてチェックインし、そこのスタッフに部屋まで連れて行ってもらう。ミロスに来るのも3回目だがいつも同じ手順を踏むので、宿泊客が直接宿に向かわないのはこの島特有のシステムなのだろう。

 

色とりどりの小さな家が並ぶ村、クリマ。多くは漁師の倉庫を改装したものだ。古くから存在する村だが、現在は住民の住居と旅行者用の宿泊施設になっている。ここには昨年描きには来ていたが、泊まるのは初めて。打ち寄せる波間を通りながら、倉庫を改装した部屋Capt Sotos(写真いちばん右の赤い雨戸)まで歩いていく。1950年くらいの白黒写真と見比べると、無理やり2階部分を増築したのがわかって面白い。

 

丸石や藻の上を歩きながらたどり着いた部屋は、真下がもう海というなんともワイルドなロケーションだ。室内は広くはないが調理器具やエスプレッソマシンなど一通り揃っている。シャワーの場所は、裏手の扉を開けた屋外だ。

 

クリマはちょっと隔絶された場所にあるので(近くのトリピティまで急坂を40分)、ここに滞在中は他のところには行くつもりはない。風がない日は海底が透き通って見えるが、風が強い日は2階のバルコニーにまで波飛沫が飛んでくる。

 

部屋からは夕日もよく見える。水彩で描いてみるが、あっという間に太陽が動くし気温は下がって絵具は乾かないので難しい。簡単な夕食を作り、波で丸石がカラカラ音を立てるのを聞きながら眠りにつく。

 

翌日は朝からトリピティまで買い出しに行く。パンもなくなってしまったしミネラルウォーターも底をつきそうだ。なにしろクリマにはレストランが1軒あるだけでミニマーケットさえ存在しない。斜面に作られた細い坂を30分ほど登っていくと、大理石で作られた古代ローマ時代の劇場があった。ミロのヴィーナスが200年前に発見されたのもこの近くだ。

 

去年も何回か来ていたスーパー”Alpha Market”。大きく品揃え十分だ。ギリシャ文字はまったく読めないのだが、ミルクには牛の絵が、ハチミツには蜂の絵が、フェタチーズにはヤギの絵が描いてあるからだいたいわかる。

 

買い出しからクリマに戻ったあとはずっとここで過ごす。夕日がよく見える場所だからか、夕暮れ時には多くの人がやってきている。結局入らなかったが、唯一のレストランも繁盛しているようだ。

 

 

目次に戻る

 

滞在9日目〜11日目 プラカ(ミロス島) レンタカーでいくつかのビーチを回る

 

クリマの宿のチェックアウト時間まで1時間となり、片付けと準備しているとノックの音がする。出てみるとおねえさんが2人。向こうは英語が話せないのだが、どうやら部屋のクリーニング係で、ちょっと早いけど部屋を清掃させて欲しいということらしい。ふと思いついて翻訳アプリで会話してみる。「車で来てるのか」「そうよ」「アダマスまで乗せていってくれない?」「もちろんいいよ」。クリマから重いバックパックを背負って町まで戻るのはしんどいと思っていたので、これは助かった。掃除が終わるのを待って、シーツ類を持った2人と浜辺を車まで向かう。

 

アダマスまで乗せていってもらい、お礼を言って車を降りる。次の宿のチェックインのため一昨日とは別の代理店Milos Accommodationに行って手続き。すぐに近所のAvanceレンタカーに行き、予約していた車(白いNissan Micra)に乗り込む。そしてスクーターで先行する代理店スタッフの後ろを追いかける。なかなか忙しい。ギリシャで運転するのは初めてだが、ミロス島はもちろん走っていて気持ち良いところだ。

 

道は空いていて、10分足らずでミロス第2の滞在先、Villa Kotetsiに着く。宿には近所猫が居着いている。とにかく尋常ではないほどの甘え猫で、常にすりよってくる。スキを見せるとすぐに脚によじ登ってくるので、躱すのがたいへんだ。

 

宿でシャワーと洗濯を済ませ、猫と少し遊ぶ。その後、車で10分ほどのサラキニコビーチへ向かう。島の北側にある、白く固い石灰岩で出来た有名ビーチだ。火山灰が長い時間をかけて固まったとか。「月面のような」という形容がぴったり。

 

北風がかなり強いので、道具を飛ばされないように細心の注意を払いながら制作。写真では伝わらないが、外海に面したところでは白波が岩に当たってドーンと砕けている。風のない日に一度来てみたいものだ。

 

翌日は午前中から再びサラキニコビーチで描き、その後いったん宿に戻ってシャワーと洗濯。駆け寄ってくる甘え猫をあやしたあと、今度は島の東側のカスタナスビーチに行くことにする。Googleマップを頼りに走るが、舗装された道路は途中で終わり、石がゴロゴロしている悪路が始まる。ふと思ってしまう。この先、この軽自動車で行ってもいいのだろうか?引き返すのも癪だし、恐る恐る進むことにする。道幅は狭く、片側は崖のようなところも多いので、対向車が来ないことを願いながらの安全運転だ。

 

辿り着いたカスタナスビーチ。人の手が入っていない野生の浜辺だ。先客は4組ほどしかいない。人の多かったサラキニコとは大違いだ。来るのがたいへんな分、ちょっとした秘密のビーチなのだろう。女性はほとんどトップレス。不思議なことにここにはまったく風が吹いていない。水の透明感を表したいと思うが、なかなか難しい。

 

日没前にはマンドラキアビーチへ。2年前にも訪れた場所だ。あのときはアダマスから歩いてきたので、1時間以上かかってしまった。ミロス島は大きく(小豆島と同じくらい)、魅力的なビーチが点在しているが、それらまでのバスは走っていないのでレンタカーが必需品だった。

 

最終日の朝。近くのパン屋でコーヒーとパイを注文。ギリシャ語でおはようは「カリメーラ」。憶えやすくていい。

 

最後に宿の甘え猫を可愛がり、ギリシャヨーグルトの残りを全部あげて夢中で食べているうちにサッと宿を退去する。アダマスの港でレンタカーを返し(ろくにチェックしない)、SEAJETSで今度はフォレガンドロス島へ移動する。船着き場には相変わらず「ミロのヴィーナスを故郷に」のポスターがちょっと虚しくぶら下がっている。

 

 

目次に戻る

 

滞在11日目〜14日目 ホラ(フォレガンドロス島) 初訪問の、人口750人の島

風も穏やかで、船はほぼ定刻どおりフォレガンドロス島に着く。島の人口は750人とのことで、今まで訪れた中でいちばん少ない(サントリーニ15,000人、シフノス2,600人、ミロス5,000人)。宿のオーナーのディミトリが港まで迎えに来てくれている。オレンジ色のSUZUKIに乗せてもらい早速ホラの町へ向かう。

 

ホラの町は切り立った崖の上に作られている。こぢんまりとしていて親しみやすい印象だ。その中心にあるKyma sto Phosという宿に3泊する。同じエリアには他にも幾つかの宿泊施設が集まっている。部屋は古びているが丁寧に維持されていて、最低限のものは揃っている。窓やバルコニーも充実していて、ここから何枚か描けそうだ。

 

新しい部屋に着いて最初にやるのは、近所でスーパーを探し出して水やビールと食料を買い出すことだ。近所にはレストランやカフェ、お土産物屋が狭いエリアに集まっている。初めての町を歩くのは楽しい。

 

宿に戻りさっそくバルコニーから一枚目を描く。隣の庭は一般家庭。奥さんがノラネコにご飯の残り物をドサッとあげたりしている。文句を言う人などもちろんいないのだろう。その向こう、切り立った崖の斜面には、島の象徴であるパナギア教会が見える。

 

フォレガンドロスに来る旅行者の80%は登るであろうパナギア教会。ホラの町から見上げる分には遠そうだが、実際に登ってみると15分ほどで着いてしまう。ジグザグに続く白い道のりは階段ではなく緩やかなスロープだ。

 

登りきったあたりからホラの町と島を見下ろす。町が崖の上に作られていることがよく分かる。畑というわけではないのだが、崖の斜面は段々に整えられている。シフノスもそうだった。しかしここは高いところが好きな人にはたまらない場所ではないだろうか。夕暮れが近づいてきており、西側の海が光っていて美しい。

 

19時をまわり日没時間が近づいてきた。制作を打ち切り、ビールを飲みながら部屋のバルコニーから夕日を眺める。やはり夕焼けは雲が少し出ていたほうが美しい。海の向こう側には前日までいたミロス島のシルエットが見える。

 

翌日。ホラの町がすっかり気に入ってしまったので、一日中ブラブラしながら町並みを描くことにする。カストロと呼ばれるエリアに入ると、古く魅力的な路地がいくつも現れた。椅子でじっとしている黒い未亡人服の年配女性を描く。あとで自分が描かれていたとわかると、こちらが理解できないことなどお構いなくギリシャ語で語りかけてくる。唯一わかるのは「ブラーヴォ(素晴らしい)」。そしてギューッとハグ。そこまでしてもらわなくても良いのだが。

 

部屋に戻り、バルコニーから夕暮れどきを描く。太陽がすぐに沈んでしまうので難しいが、印象を逃さないように筆を動かす。隣家では洗濯物が並んでいたり、奥さんが子供を叱りつけたり、猫が何匹もうろうろしたりしている。

 

部屋には調理器具はないので、食事は外に食べに行く。グリルの店があったので、串焼きを頼んでみた。炭火で丁寧に焼いてもらう。焼きたてが美味しい。

 

あっという間に3日目。一日中動けるのは今日が最後だ。前日に引き続き、カストロ地区の路地を何枚か描いてみる。地面の文様柄はシフノスのにかなり近いデザインだが、あちらはもう少し鋭角的な気がする。

 

最後にフォレガンドロスの有名ビーチ、アガリビーチに行ってみる。ここにはバスが走っているのでありがたい・・のだが、待っているバスは時間を過ぎてもまったく来ない。隣の英国人と顔を見合わせる。「来ないね」「うん、来ない」「仕方ない、次の(75分後)にするよ」「それしかないね」

 

次のバスに乗り、アガリビーチまでやってきた。幸いなことにこの日は風がまったくなく、海水が透き通って見える。船の影が海底に映り、まるで船自体が宙に浮いているよう。そうそう、これが見たかったのだ。

 

凪いでいる海に白いボートがポツポツ浮かんでいて、イノセントで平和な情景だ。泳ぎに来ている人には無関係だろうが、こうして上から見下ろせるポイントがあるのと無いのとでは、実は絵を描く側にとっては大きな違いである。

 

最終日の夜もバルコニーから太陽の沈むのを眺める。フォレガンドロスには初めて来たが、人も少なく、程よい狭さですっかり気に入ってしまった。それでも何日も滞在していたら多分やることがなくなってしまうのだろう。明日は再び旅行者で溢れるイアに戻る。

 

午前10時に宿をチェックアウト。オーナーのディミトリに絵を何枚か見せ、フォレガンドロスは素敵な島でした、とお別れを言ってバスで港まで行く。SUPERJETは定刻を30分ほど遅れてサントリーニに出港だ。航行時間は1時間。 船内では相変わらずのミスター・ビーンだが、ほとんど誰も観ていない。

 

 

目次に戻る

 

滞在14日目〜17日目 イア(サントリーニ島) 部屋代は高額だが、圧巻の情景

正午過ぎにアティニオス港に到着。さすがにサントリーニ、比較にならないほどの旅行者数だ。船着き場にあふれている大量の車両の中からフィラ行きのローカルバスを見つけ出す。

 

バスは港からジグザグ道を登っていく。このあとフィラでイア行きのバスに乗り換え。宿泊先のオーナーはパリ在住のフランス系ギリシャ人キャロル。本人から鍵の隠し場所をWhatsAppのメッセージで教えてもらっているので、立会人なしのセルフチェックインだ。

 

今回の旅の最後の宿、Maison Troglodyte(洞窟の家)。1泊分でフォレガンドロスに4泊出来てしまうほどの価格だが、窓もたくさんあり、広々としたバルコニーからの眺めも良好だ。ここに3泊。旅もいよいよ大詰めなのでたくさん描きたい。

 

写真中央の薄イエローの建物の1階部分が部屋の場所。実はこの建物は昨年滞在した宿からさんざん描いていたのだが、まさか泊まれるとは思っていなかった。オーナーのキャロルは建築家である彼女のお父さんが設計したこの建物で育ち、その自宅感をキープしながら貸しアパートとして活用しはじめたとか。

 

左を向けば東側、右を向けば西側が見渡せる。宿の敷地内で描けるのは嬉しい。なんといってもリラックスして制作できるし、もちろんトイレにも困らない。水場もあるので筆洗や水交換がとても容易い。遠くに描きに行くときは、限られた水を飲料用にとっておくか筆洗に使ってしまうかの選択に迫られることが多いのだ。

 

日没を過ぎてしまうと、もう制作は出来ないので、町を少しぶらぶらする。古城のあたりでサンセットを堪能したと思える旅行者がいっせいに動き出すので、狭い路地はすぐにぎゅうぎゅうだ。そういえばこの旅で唯一の日本語をこのあたりで耳にした。

 

アンティークショップやギャラリーも客で賑わっている。このギャラリーではイコンの修復のようなこともやっているようだ。テレピンや油絵具の匂いもしているので、どのような方法かはわからないが画材を手に入れるルートがあるのかも知れない。

 

イアにひしめいている建物のほとんどは旅行者向けの宿泊施設だ。時おり近所から歓声などが聞こえてくるが、基本的に夜は静かだ。遠くにイメロヴィグリやフィラの町が光っているのが見える。

 

翌朝は7時前に起床。太陽が崖の向こう側から登ってくるのを眺める。風がなく、ひつじ雲がのんびりと広がっている。

 

宿の近くで咲き乱れているブーゲンビリアを摘んでくる。ブーゲンビリアの赤いところは花ではなくがく部分。そのせいか数日間コップに挿しっぱなしでも萎れてきたりすることはない。

 

近場のミニマーケットに買い物に行く以外はずっと部屋近辺から制作。シフノスなどでは多い日は2万歩以上歩いていたのが、スマホで調べてみるとこの日などは4千歩しか動いていなかった。

 

動きのゆっくりした肥満猫がときどきやってくる。牛乳やギリシャヨーグルトをおすそ分けすると、そのままのんびりくつろいでしまう。猫の目にはこの濃紺のエーゲ海はどう映るのだろうか。

 

2日目の夜。昨晩と似た位置に月が出ている。月明かりがここまで海に反射しているのは初めて見たかもしれない。それを写し出す最近のスマホカメラも相当優秀だ。

 

3日目。近くで白いキョウチクトウを摘んでくる。例によって描いている途中からくたびれてくるが、派手なブーゲンビリアとはまた違った良さがある。

 

イアのアカフィスト正教会の前にある広場。まだまだ旅行者が減る気配はなさそうだ。そういえば宿の隣人はニュージーランドから来ているとか。あちらはいま真冬だからちょうど良いのかもしれない。

 

2週間以上快晴なのですっかり日焼けしてしまった。描いていると隣人のニュージーランド人がのぞきに来る。絵があるとコミュニケーションのきっかけになるので楽だ。その後少し歩いて古城の向こう側で描く。正教会のブルードームのかわりに風車が現れる場所だ。イアの多くのエリアは地形上あまり風が吹き込んでくることはないような気がする。海にも白波が立っているのは見たことがない。

 

19時を過ぎてサンセットタイム。雲が良い感じで出ているので夕映えがいい感じかなと古城のあたりまで行こうとするが、かなり手前から行列が出来ている。あまりにすごい人数だ。あきらめて宿に戻ってバルコニーから眺める。ここからでも古城にあふれている人々が見える。

 

最終日の朝。登ってくる太陽と逆光の断崖を描いて17日間の描き納めとする。部屋を片付けてゴミ類を公共のゴミ箱に捨て、シャワーを浴びてから11時ころバス停へ向かう。家主のキャロルにメッセージでチェックアウトを伝え、部屋から描いた絵の写真も送ると喜んでくれる。

 

小さな島の小さな空港に毎日多くの人たちがやってきて、帰っていく。帰りのフライトも機内は満席だった。

 

帰り便では左側の窓際に座る。滞在していた島々を見ることが出来るからだ。サントリーニ(上)とミロス(下)。今回は強風で船が欠航したりすることもなく、予定通りに動くことが出来た。17日間毎日筆を動かしたが、まだまだ描き足りない。また来年も来たい、そう思わせる島々だった。

 

 

目次に戻る

コメント