音楽

アトリエで制作中は音楽を流していることがほとんどだ。
ジャンルは雑食だが、そのとき描いている場所に関係した音楽をかけることが多い。そうすると現地の記憶や感覚が少し蘇ってくるような気がして、絵にもいい影響が出る・・かどうかはわからない。

フランス編

フランスはクラシックやジャズはもちろん、ポピュラーミュージックにおいてもシャンソンやフレンチポップス、ロック、ダンスミュージック等を大量に生産・消費してきた音楽大国である。また西・中央・北アフリカの国々やカリブの島々の旧宗主国であり、そこからの移民も多いことから、ワールドミュージックが非常に盛り上がっている国でもある。

MANU CHAO / Clandestino (1998)

マヌ・チャオの1枚目。00年代前半はパリのあちこちでマヌ・チャオがかかっていた。耳からはなれなくなり5区の中古CD店に行ってラテン/ワールドのコーナーを探したが見つからず、店員に訊いたら「フランス人」のコーナーだと言われ、へぇと思った記憶がある。

スペイン人の両親のもとパリ郊外で生まれ育った彼の音楽には、レゲエやラテンの要素とフランス的なものがミックスされ、粘りのある強靭なリズムのなかに少し物哀しい歌が乗る、という独特なものになっている。大ヒットした2枚目、疾走感を増した3枚目、その他ライヴ盤もおすすめ。

1枚目のオープニングトラック”Clandestino”。

セカンド・アルバムからのヒット曲。

MOUSS et HAKIM / Vinght d’honneur (2010)

「栄光の20年」と題された、ムース・エ・ハキムのライヴ盤。2人はアルジェリアからの移民二世の兄弟で、フランスが抱えている移民問題のマイノリティ側を代弁するようなバンドだと言える。

1枚目はアルジェリアで以前愛された歌のカヴァー曲が中心。アコーディオン等でフランス的な味付けもしつつ、スカなど縦ノリのリズムでグイグイ盛り上げてくる。2枚目は世界中の革命歌と自分たちのオリジナル曲で構成。

YANN TIERSEN / Le Phare (1998)

映画「アメリ」のサントラで有名なヤン・ティルセン。同い年。「灯台」と名付けられた1998年作の3枚目。ピアノ、アコーディオン、おもちゃピアノ、木琴などを使い、時には軽妙に、時にはしんみり、時には激しく、あまりにフランス的に自由な音楽を奏でている。音で絵を描いているようだ。

守備範囲の広いひとで、ロック寄りのアルバムもあればピアノオンリーのサントラ盤もある。映画音楽は「アメリ」以外に3枚作っているが、どれも実にイマジネーションを掻き立てられる。

Pauline Croze / Pauline Croze

ポーリーヌ・クローズは1979年パリ近郊のノアジー=ル=セック生まれのシンガー・ソングライター。この2004年のファーストアルバムは、乾いたシンプルなトラックに少し湿り気のある声が乗り、そのへんがなんともフランス的だ。ちょっととがった2枚目、ポップ寄りの3枚目に続き、16年発表作は前編ボサノバのカバーアルバムとなっている。

ファーストから。シンプルなコード、ワルツのリズム。

2016年の4枚目から。大ヒットしたアンリ・サルヴァドール”Jardin d’hiver”のレゲエ風カバー。

FKJ / Time for a Change

フランスはディスコ大国。そもそもディスコとは仏語のディスコテーク(discothèque)の略で、第2次世界大戦時にドイツに占領され生演奏を禁じられたパリのナイトクラブで、バンドの代わりにレコードをかけたことが発端だとか。FKJことFrench Kiwi Juiceはそんな伝統?を継ぐプロデューサー。これは2013年リリースのEPで、シンセ主体のディスコ・ブギー集。

 

 

モロッコ編

Gnaoua Music Festival (Essaouira 2005)

2005年7月にエッサウィラを訪れたとき、どこも宿が満室で困ったことがあった。偶然にもその日は毎年開かれているエッサウィラのグナワフェスティバルの開催日だという。この港町で1998年から続いているグナワとワールドミュージックの祭典だ。地元モロッコのグナワミュージシャンが街のいたるところで演奏を繰り広げる4日間。海外からも多くのゲストを迎え、このときはユッスー・ンドゥールも来ていた。

グナワとはモロッコに古くから伝わる伝統音楽で、400年ほど前に西アフリカから連れてこられた奴隷たちの文化がルーツとなっているらしい。1曲が非常に長く、同じフレーズが延々と繰り返されて、聴いているものを酩酊状態へ誘う。

制作メインの慌ただしい旅で、ライヴをじっくりと鑑賞できなかったのが今でも惜しまれるが、朝からあちこちで、また夜は遅くまでステージで延々と演奏を繰り広げていた光景はよく憶えている。

FNAIRE / Yed el Henna (2007)

FNAIRE(フナイール)はマラケシュ出身のHIPHOP3人組。このグループはある意味確信犯的にグナワやシャアビといったモロッコのポピュラー音楽をサンプリングし、バックトラックはマグレブ一色。カラカラに乾いたゲンブリのビートの上にモロッコ方言のアラビア語ラップが乗り、その渾然一体としたサウンドは聴いているとまるでフナ広場を散策しているかのよう。

SHERINE / Habeat (2009)

マラケシュのフナ広場にはCDショップの屋台が何軒かあるが、手にとっても誰が誰だかわからないので店番の子供におすすめを10枚程みつくろってもらったことがある。そのとき入っていた1枚。モロッコではなくエジプトの歌手がドバイの大手レーベルから出したCDだが、艶のある歌声にアラブの旋律とゴージャスでポップなサウンドがマッチしていてしばらく愛聴していた。

 

 

キューバ編

キューバは20世紀初頭から世界的なヒット曲を生み出してきた音楽大国である。街を歩いていても、レストランからは伝統的なソンの生演奏が、自転車タクシーからは備え付けのスピーカーからレゲトンが、ラジオからはキューバンサルサやティンバが、路上のおにいさんはクラベス(拍子木)でずっとリズムをとる、といったように音楽が聞こえてこないことはあまりなかったような気がする。

BUENA VISTA SOCIAL CLUB (1997)

世界的な大ヒット作。僕がキューバ音楽を知ったのもこのアルバムから。忘れ去られていたキューバの老ミュージシャンたちにスポットが当てられ、実に味わい深い曲を聴かせる。1999年には同タイトルの映画も作られたがこちらもアルバム同様素晴らしく、ガラーンとした大きな建物のなかの大広間でハバナの子どもたちが本格的な体操の練習をしているシーン、その中に混じってルーベン・ゴンザレスが淡々とピアノを弾いている姿が忘れられない。

LA FAMILIA VALERA MIRANDA / Son Asi (2006)

 

街を歩いてくると誰かが演奏しているソンの響きが遠くから聞こえてくる。音は豊かで複雑に絡み合い、たぶん大所帯のバンドかな?と思って近づいていくとたった4人ほどで演奏していた、ということが何回かあった。演奏能力の高さに驚かされるばかりである。このサンティアゴ・デ・クーバのバンドは7人組だが、街なかでよく演奏されていたオーセンティックなソンにかなり近いような気がする。

MARC RIBOT Y LOS CUBANOS POSTIZOS / The Prosthetic Cubans (1998)

元ラウンジ・リザーズのギタリスト、マーク・リボーのアルバム。彼はアメリカのジャズ畑の白人で、そういう意味でこれは純正のキューバ音楽ではないが、今作では自らを「偽キューバ人」バンドと名乗り、ミニマムな編成で自分の解釈のキューバ音楽を演奏している。外国人が捉えたキューバという点でも興味深い。曲は9割が巨人アルセニオ・ロドリゲス(1911-1970)のもの。何年聴いても飽きない1枚。

OZUNA/ Aura

通りに面した家の玄関に置かれたスピーカー、カフェテリアの店内、バスの中、タクシーのカーステレオ、歩く人々のBluetoothスピーカー・・・。キューバに滞在していて一番耳にする音楽は、ずばりレゲトンである。平たく言うとレゲエ風味が加わったスペイン語のラップ。キューバだけではなく、ラテンアメリカ各国で最も聴かれている音楽であろう。当初は少し耳障りに感じていたが、毎日聴いているとだんだん好きになってしまった。

オズナはキューバではなくプエルトリコのミュージシャン。ちょっと切ない感じの高い声がたまらない。

J.BALVIN / Vibras

J.バルヴィンはコロンビアのレゲトン・アーティスト。2018年には来日も。世界中でもっとも聴かれているミュージシャンのひとりだとか。

レゲトンがレゲエから派生したことがよくわかる1曲。

JHAY CORTEZ / Eyez On Me 

 

ジャイ・コルテッツはプエルトリコのレゲトン・ミュージシャン。上の2人にくらべると全体的にダークな曲が多い。

レゲトンとはいえイケイケの陽性ではなく、かなりひんやりした曲調だ。