Zen-etsu EBIKO(1932ー1993)
父は私が美大の学生のときに死去しているので、なにか具体的に手ほどきを受けたとか、絵について話しあったりとか、そういうことはあまりない。
それでも、あまり広いとはいえないパリのアパルトマンの、いつも油絵の具とタバコのにおいが漂ってくる雑然としたアトリエだとか、その中で黙々と仕事をしている姿を日常的にみて育ったので、直接的ではないが何かしら伝わっていたものは少なくないように思う。
30代の時はほとんど考えたりしなかったが、絵の世界に入って10数年が経った最近、ふとしたはずみに父のことに思いが馳せることがある。多分このようなことで悩んでいたのではないか、ここはきっと同じような喜びを感じていたはずだ・・・ 歳が近づいてきたからだろうか。
基本的に現場主義でやっていたり、光と影に関心があったり、海景が多かったりと、やっぱり似てるなと思うことがある。ノルマンディーの海沿いの町でひとしきり描いたあと、パリに戻ってきて偶々開いた父の図録に同じ構図のものがあったりして、何だやっぱり、と可笑しくなったこともある。
亡くなる2年前だったか、一緒にパリ近郊に描きに行ったことがある。父は何度も訪れている所で、たしかセーヌの支流だったと思う。その日は雲一つない晴天の日で、それぞれに制作のためいったん散会し、数時間後に合流してみると、空のニュアンスが気に入らなかったのだろうか、父は描いた絵をすっかり潰してしまっていたところだった。
何度も描いているはずの場所なのに、一枚の絵を描くということは決して簡単なことではないんだ、とそのとき強く感じた。父と目が合って、仕方ないというように苦笑いをしていたが、その姿を今でもはっきり憶えている。
(蛯子善悦・真理央 二人展 展覧会カタログより)
1932(昭和 7年) 北海道稚内市に生まれる
1948(昭和23年) 北海道函館市に居を定める
1950(昭和25年) 第5回全道展に出品(以降渡仏するまで毎年)
1957(昭和32年) 武蔵野美術学校(現・美術大学)卒業
1961(昭和36年) 第35回国展(東京都美術館)に出品(以降不定期)
1965(昭和40年) 国画会会員となる。東京に移住
1966(昭和41年) 個展(東和画廊/銀座)’67
1969(昭和44年) 第12回安井賞展に出品(池袋西武)’74
1972(昭和47年) 第1回渡仏
1974(昭和49年) 家族とともに渡仏、パリ郊外ルヴァロワ=ペレに居を定める
1975(昭和50年) 個展(ひらい画廊/銀座)’77
1976(昭和51年) サロン・ドートンヌに出品(グラン・パレ/パリ)(以降不定期)
1979(昭和54年) 個展(渋谷西武)
1981(昭和56年) 個展(日動サロン/銀座)’83
1982(昭和57年) 個展(ギャルリ・ジョエル・サラン/パリ)’84、’86、’89、’92
1985(昭和60年) 個展(日動画廊/銀座)’87、’90、’95
第1回具象絵画ビエンナーレ(神奈川県立近代美術館ほか)
1988(昭和63年) 個展(梅田画廊/大阪)
1993(平成5年) 1月31日、急性骨髄造血機能不全性のためパリで死去。享年61歳
国展、全道展、赤光社展、サロン・ドートンヌに遺作特別展示
1995(平成7年) 遺作展(日動画廊/銀座)
遺作展「光の叙情ー蛯子善悦展」(北海道立函館美術館)
1999(平成11年) 個展(エルム画廊/札幌、ヒラマ画廊/旭川)
2002(平成14年) 個展(ぎゃらりぃ807/函館)’06
2016(平成28年) 蛯子善悦・真理央 二人展(日動画廊/銀座)
国画会会員、 サロン・ドートンヌ会員